牧野富太郎のふるさと高知県でギボウシ属の5新種1新亜種を発見

ギボウシ属(キジカクシ科)は紫色や白色のかわいらしい花を鈴なりにつけ、栽培も容易なので、園芸植物として広く利用されています。約25種の野生種のうち、16種は日本に生育しています。つまり、日本はギボウシ属の多様性の中心地です。

矢原徹一九州大学名誉教授(九州オープンユニバーシティ研究部長)の研究チームは、高知県でギボウシ属の調査を続けてきた高知県立牧野植物園藤井聖子氏らと協力してギボウシ属の5新種1新亜種を発見し、植物分類学の国際誌Phytokeysに発表しました。高知県は、NHKのドラマ「らんまん」の主人公のモデルである牧野富太郎のふるさとであり、古くから植物の調査が行われてきた地域です。この高知県で、いちどに6つの新植物が発見されたことは、高知県の植物の豊かさを物語っています。

(参考)Phytokeysに掲載された論文(オープンアクセス)

ギボウシ属は園芸植物としての価値が高いため、新種が発表されれば、自生地から不法に採集されるおそれがあります。このため研究チームは発表前に環境省と連絡をとり、保全対策を検討しました。その結果、ミナヅキギボウシHosta minazukiflora Se. Fujii & YaharaとセトガワギボウシHosta takiminazukiflora Se. Fujii & Yahara subsp. grandis Se. Fujii & Yaharaについては、12月26日づけで種の保存法にもとづく緊急指定種に指定されることが環境省から発表されました。これら2つの種類については、令和5年 12 月 28 日から令和8年 12 月 27 日までの3年間、採集が禁止されます。

(参考)2023年12月26日 種の保存法に基づく緊急指定種の指定について

他の種についても、発見された自生地の植物についてDNA配列の違いを特定しています。このため、土地管理者に許可を得ずに採集された新種が販売された場合、どの場所で採集されたかを特定できます。多くの自生地は国立公園・県立公園・国有林内などの保護地域内にあるため、無許可で採集して販売すれば、摘発できます。

研究チームは、陶山佳久東北大学教授が開発したMIG-seq法という方法を用いて、ゲノム(遺伝情報全体)の中の多数の配列の違いを調べました。これらの違いを利用してこれまでに知られているギボウシ属の種と、新たに発見された種の系統関係を詳細に比較し、5新種1新亜種の存在をつきとめました。

今回発見された5新種1新亜種のうち4新種1新亜種はいずれも、吉野川源流域の狭い地域だけに分布しています。4新種1新亜種はいずれも近縁であり、また、吉野川源流域に隣接する蛇紋岩地に固有のシコクギボウシHosta shikokiana N. Fujita(1976年に発表された既知種)とも近縁です。この地域は地形が険しく、ギボウシ属が好む崖地が各地に発達しています。また、地質が多様なので、母岩の性質の違いを反映して、崖地の環境にも違いが見られます。このような地形や地質の多様性の下で、4新種1新亜種、およびシコクギボウシの進化が起きたと考えられます。

4新種1新亜種のうち、タキミナヅキギボウシHosta takiminazukiflora subsp. takiminazukifloraとセトガワギボウシHosta takiminazukiflora subsp. grandisはとくに近縁であり、亜種ランクで区別されました。これら2つの亜種は、互いに交配可能な距離に生えていますが、タキミナヅキギボウシは滝のそばの岩壁に生え、セトガワギボウシは滝の下の土壌に生えています。タキミナヅキギボウシは細長い葉を持ち、葉柄の基部には赤い斑点があり、葉の裏は淡緑色ですが、セトガワギボウシは広い卵形の葉を持ち、葉柄に赤い斑点がなく、葉の裏は粉をふいたように白い色をしています。セトガワギボウシは花茎がより高く、この違いは栽培条件下でも保たれています。このようにいくつもの形質に違いがありますが、DNA配列の点では2亜種はとても似ていることがわかりました。岩壁に生えるか、土壌に生えるかの違いを反映して、急速な進化が起きたと考えられます。この2亜種は、異なる環境に適応して、隣接した生育地であっても種の分化が起きることを示す貴重な事例です。今後より詳しい研究が進むことが期待されますが、発見されたセトガワギボウシの個体数はごく限られています。このため、種の保存法にもとづき緊急指定種に指定されました。

緊急指定種に指定されたミナヅキギボウシは、蛇紋岩地に生育するシコクギボウシに近縁ですが、泥質片岩の岩壁に生育しています。ミナヅキギボウシの花はラベンダー色(薄紫色)ですが、シコクギボウシの花はふつう濃紫色で、とくにつぼみは濃い色をしています。ミナヅキギボウシの葉は平坦ですが、シコクギボウシの葉の縁は波打ちます。他にも、さまざまな形態差があります。このペアの場合にも、生育環境の違いに適応してさまざまな形態の違いが進化したと考えられます。タキミナヅキギボウシとセトガワギボウシのペアと同様に、適応的な種の分化を研究するうえで、とても興味深い材料です。

他の3新種のうち、サムカゼギボウシHosta samukazemontana Se. Fujii & Yaharaと、カムロギボウシHosta longipedicellata Se. Fujii & Yaharaはいずれも吉野川源流域の苦鉄質片岩の絶壁に生えています。2種に直接の類縁はなく、サムカゼギボウシはミナヅキギボウシやシコクギボウシに、カムロギボウシはタキミナヅキギボウシにより近縁です。

5番目の新種、オクスダレギボウシHosta polyneuronoides Yahara & Se. Fujiiは、吉野川上流だけでなく、その周辺地域にも広く分布しています。5つの新種の中でもっとも分布が広く、他の種と分布が重なっています。系統的には、他の4新種とは異なり、ナンカイギボウシHosta tardiva Nakai subsp. tardivaやスダレギボウシHosta tardiva subsp. densinervia a (N. Fujita & M.N. Tamura) Yahara & Se. Fujiiに近縁です。これら3つの種類は、開花時期が遅い(標高が高いところでは8月に、低いところでは9月に開花をはじめる)という特徴があります。他の種類は6~7月に開花します。なお、四国の低地の河岸に広く分布するスダレギボウシは、広く栽培されるナンカイギボウシにとくに近縁であり、今回の研究によってその亜種として分類されました。

今回、5新種1新亜種の発表に至りましたが、ギボウシ属の分類については未解決の課題が残されています。今後も研究を続け、日本のギボウシ属野生種の多様性を解明していきたいと思います。

タキミナヅキギボウシHosta takiminazukiflora subsp. takiminazukiflora

セトガワギボウシHosta takiminazukiflora Se. Fujii & Yahara subsp. grandis Se. Fujii & Yahara

ミナヅキギボウシHosta minazukiflora Se. Fujii & Yahara

既知種シコクギボウシHosta shikokiana N. Fujita

サムカゼギボウシHosta samukazemontana Se. Fujii & Yahara

カムロギボウシHosta longipedicellata Se. Fujii & Yahara

オクスダレギボウシHosta polyneuronoides Yahara & Se. Fujii

既知種スダレギボウシHosta tardiva subsp. densinervia a (N. Fujita & M.N. Tamura) Yahara & Se. Fujii